どれだけ魅力的な商品やサービスを開発して市場でヒットさせても、時代の変化や新たな企業の参入によって今まで通り売上を出せなくなることがあります。このような変化に対応して市場で生き残り続けるには、将来を見据えてあらかじめ対策を取っておくとともに、柔軟に対応できる体制を整えることが大切です。
そこで今回は、「イノベーションのジレンマ」に焦点を当てて、言葉の意味や原因、具体例と解消する手法について詳しく説明します。
そもそもイノベーションのジレンマとは?
そもそもイノベーションのジレンマとは、特定の業界や市場において一定のシェアを確立させることに成功していた企業が、時代の変化や思わぬ競合企業の出現、他社による新しいビジネスモデルの確立などに対応できず、売上を低迷させてしまったりニーズを失いシェアを取れなくなってしまったりすることをいいます。
過去にどれだけ高い売上やシェアを得たとしても、売上が出しにくくなると事業の縮小や撤退を余儀なくされます。このような事態を防ぐためには、現状の経営がうまくいっている企業であっても適切な状況判断と対策を講じることが大切です。
持続的イノベーションと破壊的イノベーション
イノベーションのジレンマを考える上では、「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」という2つのイノベーションの考え方が重要になります。
持続的イノベーションとは、現在のビジネスモデルの中で、既存の技術や商品・サービスの性能を向上させるなど、既存の仕組みの延長線上にある技術進化のことを指します。そのため、対象顧客は既存のユーザーとなり、現状の問題点や不満の解消に取り組みます。
一方の破壊的イノベーションでは、潜在的な顧客を対象に、既存の仕組みとは異なる新たな価値観や用途、解決策を提示することで、市場のニーズや需要に変化をもたらします。
この破壊的イノベーションが新しく市場や顧客のニーズをつかみ、既存の製品やサービスよりも勝るものになった時、それまで成功していた企業がその変化への対応に乗り遅れてしまい、イノベーションのジレンマが発生します。
企業がイノベーションのジレンマを引き起こす原因
市場において成功を収めている企業が、なぜイノベーションのジレンマを引き起こすのでしょうか?
先ほども、破壊的イノベーションによって変化した市場や顧客のニーズに乗り遅れることが原因であると述べましたが、ここでは企業がニーズの変化に乗り遅れてイノベーションのジレンマを起こしてしまう理由の3つを詳しく解説します。
- 既存製品に依存し革新的な技術に関心を持たないから
- 技術の進歩が市場のニーズに合わなくなるから
- 新たな市場への参入機会を逃してしまうから
既存製品に依存し革新的な技術に関心を持たないから
イノベーションのジレンマを引き起こす原因として、現状成功している企業が革新的な技術に関心を持たないことが挙げられます。時代の変化などによって市場のニーズは変わりますが、既存の技術に注力するあまり革新的な技術への注目がおろそかになるので、結果的に新たな流れについていけなくなるのです。
たとえば、あるフィルムカメラのメーカーでは、高画質な銀塩写真を撮影できる技術を持っており、市場でのシェアを独占していました。その後、デジタルカメラが誕生しましたが、銀塩写真よりも画質が低かったことから、その技術を取り入れることなく従来のビジネスを続けていました。
しかし、次第にデジタルカメラの画質が改善したことや、手軽にカメラを持ち運び撮影した画像を管理できることから、デジタルカメラの需要がフィルムカメラより高くなったのです。現在ではフィルムカメラの需要は低迷し、市場のシェアはデジタルカメラに奪われています。
技術の進歩が市場のニーズに合わなくなるから
企業が持つ技術の発展に注力するあまり、市場のニーズを追い越してしまうと、顧客が実際に必要とする以上の技術革新を行っていることになり、結果的に時代やニーズに合わなくなるという例もあります。
ユーザーが既に現状の性能やサービスに満足した場合、それ以降は更なる改良よりも、同等のスペックで低価格の物や手に入りやすいことなどが求められるようになりるからです。もしくは、技術的な進歩があったとしても、時代や世の中の仕組みがそれらを十分に利用できる状態でなければ、現状のニーズには合わないということもあります。
たとえば、水素エネルギーを利用した自動車は、効率的かつクリーンなエネルギー利用ができる技術です。しかし、市場ではガソリン車の利用が一般的であることや、世界ではガソリン車に変わる自動車として電気自動車の普及が推進されていることから、水素エネルギーを利用した自動車がどれくらい普及するか分からない状況になっています。
もちろん、今後は水素エネルギーを利用した自動車の需要が爆発的に伸びる可能性はありますが、現状では将来のシェアがどのように広まるか予測できない状況です。
新たな市場への参入機会を逃してしまうから
企業によっては、顧客や売上が増えると新たな市場への参入を考えて、新商品の開発やほかの企業の買収といった手法でさらに事業を拡大させようとします。
しかし、市場規模が小さかったり利益率が低かったりすると、どれだけ市場に革新を起こすものでも参入する魅力を感じられず、「参入しない」と決断をするかもしれません。
新たな市場へ参入するタイミングを逃すと、あとで参入を決めたときにはシェアを獲得できなくなるので、事業を拡大できなくなってしまいます。
たとえば、「インストール型のビジネスツールの販売で高いシェア率を出せていたが、クラウド型のサービス提供にシフトしなかったことで、ほかの企業にシェアを奪われてしまった」というケースが考えられます。クラウドサービスの需要が高まることを予測して事業方針を転換できなかった企業では、このような状況に陥ってシェアを失ってしまうことに繋がるかもしれません。
イノベーションのジレンマの具体例を紹介
ここまでは、イノベーションのジレンマを引き起こす原因について説明しました。よりイノベーションのジレンマについて理解を深めるためには、さまざまな業界の事例を知っておくことが大切です。
以下では、イノベーションのジレンマの具体例を紹介します。
携帯電話市場の事例
携帯電話市場では、日本が独自に携帯電話文化を醸成したことや、各電機メーカーの高度な開発技術があったことから、海外企業が参入できない状況でした。しかし、海外ではアップルが開発したiphoneや、手頃な価格でスマートフォンを提供した韓国や中国のメーカーのシェアが伸び、次第に日本の市場にも参入するようになりました。
このような変化から、日本の電機メーカーの「高性能な携帯電話の開発・提供」という戦略が通用しなくなり、徐々にシェアを奪われていったのです。以前は10社以上の国内メーカーが参入していましたが、徐々に市場から撤退する企業が増え、2021年現在では数社程度しか残っていないことから、イノベーションのジレンマの代表例だといえます。
居酒屋業界の事例
バブル崩壊により経済が長期的に低迷した1990年代以降の日本では、豊富なメニューを低価格で提供できる居酒屋チェーンが消費者のニーズとマッチしたため、多くの顧客を獲得することに成功しました。この事業形態では、1つの店舗が出せる利益はそこまで多くありませんが、店舗が増えるほど総合的な利益が増えるので、全国各地に店舗を広げることでビジネスを成立させていたのが特徴です。
しかし、外食市場が縮小する中で、産地にこだわった居酒屋や展開するエリアを限定する居酒屋、高品質な商品を低価格で提供する居酒屋のように、特化型の店舗が増えるというイノベーションが起きたことから、チェーン型の居酒屋は従来のように顧客を獲得できなくなりました。従業員の長時間労働といった問題が顕在化したことも、顧客離れに大きな影響を与えています。
このように、過去の成功体験をもとに事業展開を続けた結果、市場でのシェアを奪われた出来事は、まさに「イノベーションのジレンマ」だといえます。
カラオケ業界の事例
現代は、カラオケのほとんどが「通信カラオケ」になっていますが、1990年代以前は、レーザーディスクを使った機種が主流でした。レーザーディスクとは、直径30cmほどのディスクに2時間程度の映像を記録できる媒体です。
高品質な映像と音声を体感できるというメリットがありますが、一方で収録できる曲数に限りがあったり新曲をカラオケで歌えるようになるまでに1ヵ月程度かかるというデメリットがありました。
当時は「質の高いカラオケを体感する」というニーズが高かったため、レーザーディスク業者は「映像や音の質がそこまで高くない通信カラオケはそこまで普及しないだろう」と考え、事業を転換させませんでした。しかし、カラオケの需要がスナックやバーを利用する「中高年層」から、カラオケボックスを利用する「若年層」に変化すると、「流行りの曲が歌えるかどうか」が重要になったのです。
その結果、レーザーディスク業者は市場からの撤退を余儀なくされ、豊富な収録曲数や新曲が歌える通信カラオケのシェアが爆発的に拡大しました。既存技術に注力するあまり新たな顧客を獲得できなかったことは、「イノベーションのジレンマ」に該当するといえるでしょう。
アパレル業界の事例
アパレル業界においては、1990年代後半に登場した「安価で機能性の高いファッションアイテム」の登場というイノベーションが、市場に大きな影響を与えています。
以前は、「いかにファッション性が優れているか」「どこのブランド品を身に着けているか」がファッションにおけるステータスとなっていたため、百貨店などで販売する高級ブランド品に需要がありました。しかし、暖かい服を手ごろな価格で手に入れられる「フリース」のように、ファッションに興味がない層をうまく取り込む企業の登場によって、市場に大きなイノベーションが起こりました。
新たなニーズを汲み取って事業を成功させる事例が出たにもかかわらず、既存のアパレル企業は事業方針を転換せず、「服にこだわりのある人」をターゲットにし続けました。その後、市場では「安くて高品質なファッションアイテム」の需要が主流になったため、新規参入した企業にシェアを奪われたのです。
ハードディスクの事例
ハードディスク業界においても、イノベーションのジレンマは生じています。
1980年代は、デスクトップパソコンを使用する顧客をターゲットとして、「5.25インチHDD」の開発や販売を進めるのが主流でした。40MB〜60MBと大容量の記憶容量を持つHDDだったので、「いかにたくさんのデータを保存できるか」を重視する消費者の需要をうまく取り込めていたのです。
1990年代になると、小型ハードディスクである「3.5インチHDD」を発売する企業が新たに市場に参入しました。しかし、保存容量が20MBと少なく、容量あたりのコストが高かったため、既存のハードディスク業者は今まで通り「5.25インチHDD」の開発に注力したのです。
小型ハードディスクを手がける業者は、「3.5インチHDD」をノートパソコンのようなデバイスに組み込むとともに、重量や大きさ、消費電力、耐久性といった要素も重視しました。その結果、市場で徐々にシェアを拡大するとともに、容量あたりのコスト削減に成功したのです。そして、「3.5インチHDD」はデスクトップパソコンにも組み込まれるようになり、「5.25インチHDD」を手がける業者はシェアを奪われました。
イノベーションのジレンマを回避する手法とは?
ここまでは、イノベーションジレンマの事例を紹介しました。このような事態を回避するには、次の手法を身につけておく必要があります。
- 小さなトライアンドエラーを繰り返す
- 時代の変化と顧客ニーズの変化を総合的に考える
以下では、これらの手法について詳しく説明します。
小さなトライアンドエラーを繰り返す
時代の変化に適応し続けるためには、小さなトライアンドエラーを繰り返して事業展開することが大切です。
たとえば「若年層をターゲットにすることが主流だったが、今後は高齢者層にアプローチしてみる」「低価格を売りにしていたが、価格帯の高い商品を開発してみる」といったことが挙げられます。
もちろん事業に大きな打撃を与えない程度のトライをする必要がありますが、リスクを抑えて挑戦を続ければ、新たなイノベーションを起こせる可能性を高められます。
また、トライアンドエラーを行う中で、最初に仮説を立てて実行し、実際の効果検証と振り返りで新たな仮説を立てて実行する、というようにPDCAと呼ばれるサイクルで取り組むことも大切です。
時代の変化と顧客ニーズの変化を総合的に考える
新たなビジネスに挑戦する際は、時代の変化と顧客ニーズの変化を組み合わせて戦略を考えることが大切です。
たとえば、「携帯電話にカメラが搭載された」という変化が起こったときに、「将来的には高画質なカメラを搭載した携帯電話のニーズが高まる」のような予測をすることが挙げられます。
目の前の小さな変化に対応するだけでは、大きな変化を起こすことはできません。将来的に市場がどのように変わるかを見越した戦略を練れば、市場で有利なポジションを維持し続けられるでしょう。
市場や顧客ニーズを調査・分析する際は、フレームワークにあてはめるとスムーズに進行できます。下記記事では、消費者のニーズなどを分析する際に活用できるさまざまなフレームワークを紹介しています。ぜひあわせてお読みください。
https://www.i-nobori.com/media/908
まとめ
ここでは、イノベーションのジレンマの概要や具体例、イノベーションのジレンマを回避する手法について説明しました。
変化の激しい時代で売上を出し続けるには、市場のニーズや革新技術の登場、競合の動向を注視しながら、柔軟に経営方針を変える必要があります。ここで説明した内容を参考にして、時代の変化を見据えた戦略を考えながら事業展開していきましょう。
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