日常生活では、さまざまな場面でお金を支払い、商品やサービスなどと交換する消費活動がおこなわれています。しかし、お金を支払うタイミングや体験を得るために使う時間、購入する商品やサービスによっては、十分な対価が得られない場合があります。
何かを得るために費やしたお金や時間をコストと言いますが、「サンクコスト」の概念を知っておくと、日常生活だけでなくマーケティングに活かすこともできます。
ここでは、サンクコストの概要や日常生活での事例、マーケティングにおけるサンクコストが活用されている例や、経営者がサンクコストの悪影響を抑える方法について説明します。
目次
サンクコストとはどのような費用?
そもそもサンクコストとは、「すでに過去に発生済で、取り返すことができないコスト」のことです。
たとえば、飲食店の開業費用が当てはまります。
飲食店の開業に必要な費用は平均で約1,000万円と言われています。飲食店のオーナーは開業後に毎日発生する利益で、この初期投資を回収していくことになりますが、場合によっては経営がうまくいかず、赤字が続くケースもあるでしょう。
この場合、最初に支払った約1,000万円はすでに支払ったお金(サンクコスト)なので、戻ってくることはありません。そのため、今後の経営戦略を考える際にはこのお金は考慮せず「今後、収支がプラスになる見込みはあるか」というポイントに絞って判断する必要があります。
しかし「最初に支払ったコストを回収しなければ」という心理が働き、状況が改善する見込みがないまま経営を続けると、結果的にさらに損失が大きくなってしまうかもしれません。そのため、経営戦略を練る際はサンクコストの取り扱いに十分注意する必要があります。
また、新たな市場への参入を考える場合、始めに必要な費用(サンクコストとなりうるコスト)が少ないほど「参入しやすい市場である」と考えられます。万が一予想する売上を出せなかった場合も、容易に撤退を判断できるため、企業に与える損失を抑えて経営方針を変更できます。
日常生活におけるサンクコストの具体例
サンクコストは日常生活でも発生しています。以下では、日常生活におけるサンクコストの具体例を紹介します。
もう着ることがない衣類の事例
「数年前に購入したけれど、もう着ることがない」という衣類を持っている人もいるのではないでしょうか。たとえそれが高額商品だったとしても、数年間着ていないのであれば、「捨てる」と判断するのが合理的といえます。
しかし、「高かった服だから保管しておきたい」と考え、いつまでもクローゼットなどに入れていると、部屋が整理されないというデメリットが大きくなります。デメリットが大きいにも関わらず服を整理できないのは、サンクコストが強く影響しています。
飲食店の順番待ちの事例
サンクコストは、料金を支払ったときだけに発生するわけではありません。飲食店の順番待ちをする場合、「待ち時間」という時間的なコストが生じます。
順番待ちの時間が長い飲食店では、「すぐに入店できるところに移動しよう」と考えるのが、意思決定をするうえで合理的です。しかし、並ぶ時間が長くなるほど「これだけ長時間並んだのだから、もう少し並ぼう」と考えやすくなります。これは、「投資した時間に対する見返りを得たい」というサンクコストによる心理が働くことが要因です。
映画鑑賞の事例
映画館においても、サンクコストが発生する場合があります。
たとえば、1,500円の料金を支払って映画を鑑賞して、鑑賞中に「期待したほど面白くない」と感じたとします。映画が面白くないのであれば、その時点で映画館から出るのが合理的な意思決定といえますが、「せっかく料金を支払ったから最後まで見よう」と考え、結局最後まで映画を見てしまうことがあります。
この場合、支払った1,500円はサンクコストになります。しかし、支払ったコストに見合う価値を回収しようとして面白くないと感じる映画を見続けると、1,500円という出費に加えて、意味のない時間を費やすことになります。
カラオケの事例
カラオケにもさまざまな料金体系がありますが、料金を支払うことで所定の時間カラオケが利用できる「フリータイム」でも、サンクコストが発生する場合があります。
具体的には、「フリータイムの料金を支払ったのだから、時間いっぱい歌わなければ損になる」という気持ちになり、ある程度歌って満足したにも関わらず、制限時間になるまで歌い続けてしまうことが挙げられます。
カラオケ店に足を運ぶ本来の目的が「カラオケを楽しむ」という体験をすることであるにも関わらずこのような意識や行動につながるのは、意思決定にサンクコストが影響しているからです。
マーケティングでサンクコストが活用されている例
ここまでは、日常生活におけるサンクコストの事例を紹介しました。サンクコストを意識して経営戦略を考えるには、他社の活用例を知ることも大切です。
以下では、マーケティングでサンクコストが活用されている例を紹介します。
お試し版の活用
動画配信サービスやITツールなど、企業や商品・サービスによっては「お試し版」を活用することで顧客の導入ハードルを下げる戦略をとっています。
具体的には、「〇日間であればサービスを無料で利用できる」のようなキャッチコピーで顧客を獲得し、一定期間商品やサービスを体験してもらったうえで、有料プランへの移行を促す戦略が挙げられます。
この戦略では、一度顧客に商品やサービスを利用してもらうことで、「せっかくサービスを導入して使い慣れてきたのに、解約するのはもったいない」という心理を働かせやすくなります。企業によっては、この心理を意図的に働かせて顧客の継続利用を促しているところもあります。
付録をつけての販売
雑誌を出版する企業によっては、「1年間継続利用すれば、付録がすべて集まりプラモデルが完成する」という戦略を実践しています。
この戦略では、「初回は〇%割引で入手できます」のようなアピールをして顧客の導入ハードルを下げているのが特長です。一度体験してもらうことで、「プラモデルを完成させたいから継続して雑誌を購読しよう」という心理を働かせれば、売上アップが見込めます。
また、「ここまで揃えたから解約するのはもったいない」という意識を持たせることで解約者数を抑えているのも、サンクコストを活用する企業の戦略です。
入会金や年会費の設定
エステサロンやクレジットカードのように、入会金や年会費を設けて顧客を保持しているところもあります。これらの費用を設けることで、顧客に「年会費を支払っているのだから、費用に見合ったサービスを受けなければ」というサンクコストによる心理を働かせています。
ほかにも、入会金や年会費を設けるスーパーマーケットや、ギター教室への申し込みにあわせて購入したギターなどが挙げられます。それぞれサービスを利用するにあたってある程度のコストが発生しているため、コストに見合う価値を得ようと利用を続ける傾向があります。
会員ランクの設定
企業によっては、会員ランクを設定して顧客を保持しているところもあります。たとえば、ショッピングモールサイトで、「購入金額に応じて会員ランクを設定し、ランクごとに特典を設ける」といった施策が挙げられます。
会員ランクを設定すると、顧客に「会員ランクが上がったから、他店で購入してランクを下げるのはもったいない」という考えを持ってもらいやすくなります。その企業では、入会金や手数料を設けなくても、サンクコストを利用して顧客をつなぎとめられているため、売上を伸ばせているようです。
課金サービスの導入
スマホアプリゲームによっては、基本的に無料でプレイできるようにして顧客の利用ハードルを下げ、利用者を増やしているものがあります。中には、「課金サービスを利用することで、手に入りにくいアイテムやキャラクターを入手できる」といった施策を導入して売上を増やす企業もあります。
この施策では、顧客に「ここまでアイテムが揃ったからすべて揃うまで課金しよう」「3,000円も支払ったからもう少しキャラクターを強くしたい」のような意識を持たせることで、売上を伸ばす施策が挙げられます。ビジネスでは収益化しやすいサンクコストの活用方法ですが、高額課金や未成年者の課金などが問題になり、トラブルに発展するケースもあるようです。
購入金額に応じた特典の設定
会員ランクとは別に、購入金額に応じて特典を設けている企業もあります。たとえば、「3,000円以上購入すれば送料無料」「3,000円以上の利用でクーポンプレゼント」といった特典が挙げられます。
このような特典を設けることで、顧客に「せっかくお金を払ったから特典を受けないともったいない」「あと300円購入すれば特典を受けられるからもう1つ商品を購入しよう」といった考えを持たせやすくなります。顧客1人あたりの売上が増えれば、企業全体の売上を大きく伸ばせるので、この施策を導入するところは多いです。
経営者がサンクコストの悪影響を抑える方法とは?
事業を営んでいると、企業にサンクコストが発生するケースがあります。
上述した飲食店の開業のケースと同様に、経営者にもサンクコストの影響が働き、経営判断に悪影響を及ぼす場合があるので注意が必要です。
以下では、経営者がサンクコストの悪影響を抑える方法について説明します。
事前に撤退ルールを決めておく
サンクコストの悪影響を抑えるには、事前にルールを決めておくのがおすすめです。
たとえば、「ITツールを導入して、半年後に成果が得られなかったら利用を中止する」といったルール設定が考えられます。ITツールを導入するときは、成果が出ることばかり期待するかもしれません。しかし、「利用を続ければいつか成果が出るだろう」と思って漫然と利用していると、いつまで経っても成果が出せなくなります。
事前にルールを設定すれば、投資効率がさらに悪化するのを防ぎ、成果が出やすい手段へと早く切り替えられます。
計画を白紙に戻して考える
「サンクコストが生じたことは認識していても、経営戦略を変えられない」と悩む人もいるかもしれません。その場合、計画を白紙に戻して考えることで、企業の投資が適切であったか判断しやすくなります。
たとえば、入念な市場調査をおこなってから新規事業を立ち上げた企業で、「3年経過したけれど利益が出ない。これまでのコストを回収するまで継続すべきだろうか」と悩んでいるとします。
その場合、もう一度市場調査をおこない、ターゲット設定や販売する商品やサービスが正しかったかを再調査すると、実は顧客のニーズが変化していたことが判明するかもしれません。それをもとに、新たに抽出したニーズを満たす商品やサービスの開発・販売をすれば、従来の戦略を続けたときより売上を出しやすくなります。
サンクコストと機会費用を比較する
サンクコストを機会費用と比較すれば、現在の投資を継続すべきか判断しやすくなります。機会費用とは「もう一方の選択肢を選べば得られたはずの利益」です。
たとえば、現在のビジネスは初期投資に1,000万円かかっており、当初の予定では月々80万円の利益が出るはずでしたが、実際の利益は10万円であったとします。しかし、市場調査をしたところ、もう一方の事業であれば、追加投資に500万円かけて月々100万円の利益が出せると分かった場合、月々100万円の利益を得る機会を逃したことになります。
このように機会費用の程度によっては、早期に事業を切り替えたほうがよいケースもあります。サンクコストと機会費用を比較する際は、市場調査やヒアリングなど具体的なデータを活用することが大切です。
まとめ
ここでは、サンクコストの概要や日常生活とビジネスにおけるサンクコストの例、経営者がサンクコストの悪影響を抑える方法について説明しました。
費やしたコストによっては数年単位で投資効果が得られるものもあるので、サンクコストであるかどうかを判断するには、投資ごとに明確な評価基準を設けることが大切です。
ここで説明した内容を参考にして、投資によって得られる効果を正しく分析し、柔軟に経営戦略を切り替えられる仕組みを整えましょう。